庄内一分銀 鶴岡及び酒田の2枚 その1
庄内藩(今のほぼ山形県)は幕末時、低品位の安政一分銀の藩内大量流入があり高品位の天保一分銀などが退蔵により市中より姿を消してたことにより物価高を招き藩内の金融流通が混乱しました。昔から米の産地・集荷地として発展してきた庄内藩であってみれば、金融問題の解決は愁眉の急であったと推察されます。そこで藩内のみ融通のために、退蔵してある良質の貨幣に歩増価格での通用を実施しました。天保一分銀を25%の増の一分一朱(4朱=1分です)で通用させました。この時に他藩から持ち込まれた流入品と区別する為に慶応四年5月20日から 6月15日までの25日間に2箇所の役所(改印差出場所)にて「天保一分銀」の表面に「庄」の刻印を打ち込みました。この2箇所とは生糸改役所(鶴岡)と、湊役所(酒田)です。この時裏面にシークレットマーク(Yの模様)を打刻しております。このマークは庄内藩主酒井家の家紋の一部を図案化したものとされています。
以上が庄内藩の幕末の状況と庄内一分銀発行の背景の概略です。コインとしての「庄内一分銀」の分類と特徴としましては、
1.「庄」刻印は天保一分銀の表面の「分」と「銀」との間になされている。まれに異なる位置に打刻されたものも存在します。
2.シークレットマークの「Y」刻印が裏面の右下3つの桜刻印の間にあるのが「酒田」でなされた刻印で、左下3つの桜刻印の間にあるのが「鶴岡」でなされたものです。数量的には酒田(右側)が70%、鶴岡(左側)が30%との調査結果があります。但し、酒田、鶴岡の分類の証拠はなく、当時の酒田、鶴岡の繁栄の度合いから数量の多い右シークレットマークが酒田であろうと推測しているものです。他にも「庄」の字の書体による分類の研究もなされております。
以上が庄内一分銀の概略ですが、この貨幣に特化して研究なされるのでなければ、以上の事を覚えておくだけで充分だと思います。庄内一分銀とは「庄の字の打刻のある貨幣」と覚えるだけではなく、発行の背景などを調査・勉強するのもコイン収集の大きな楽しみです。収集としては「酒田」と「鶴岡」の2枚を揃えたておきたいものですね。
(あいこいんずニュースNo.28より)
価格 : 38,500円(税込) |
ポイント : 350 |
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